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神戸地方裁判所 平成5年(モ)419号 決定

原告

安藤眞一(X1)

弥永修(X2)

竹田雅博(X3)

右三名訴訟代理人弁護士

麻田光広

林晃史

被告

兵庫県(Y1)

右代表者知事

貝原俊民

被告

国(Y2)

右代表者法務大臣

三ケ月章

右指定代理人

本多重夫

重田紀昭

松本裕樹

理由

第二 当裁判所の判断

一  被告兵庫県の本件各文書の所持の有無

本件申立ての対象となっている各文書(以下「本件各文書」という。)を被告兵庫県(西宮警察署)が所持していることは、被告兵庫県が自認している。

二  本件各文書の民事訴訟法三一二条一号該当性

1  原告らは、本件各文書が民事訴訟法三一二条一号の文書に該当すると主張しているので、この点について検討する。

2  同号にいう「当事者が訴訟に於て引用したる文書」とは、当事者がその訴訟の口頭弁論期日等においてその存在に言及して自己の主張の根拠ないし補助とした文書をいうものと解すべきである。

3  原告らは、被告兵庫県が平成五年三月二二日付け準備書面において「本件捜索差押許可状請求書に添付して裁判所に提供した捜査報告書等の文書に本件爆破事件が中核派の犯行であるらしいという事実及び原告らが中核派の関係者である事実等が記載してあった」と主張しているのを捉えて、これは本件各文書を引用して主張しているに等しいから同号に該当する旨主張する。

4  そこで、本件記録をみるに、右準備書面は、原告らが平成五年二月一五日付け準備書面で釈明を求めた本件捜索差押許可状請求時の資料についての釈明を記載した書面であり、被告兵庫県は、原告らからの「平成四年五月六日付け被告県の準備書面第二、三、1、2記載の事実が捜索差押許可状の発布請求時に裁判所に提出した書類中に記載されているのかどうか」という求釈明に対し、「刑事訴訟規則一五六条等の法令に基づき通常要求される資料を提供して令状の発布を受け、その資料の内容の一部は同被告の平成四年五月六日付け準備書面第二に含まれている」と釈明しているのみであることが認められる。

5  したがって、被告兵庫県は、何ら具体的文書の存在について言及していないし、言及しているとしても、それは原告らの求釈明に応じただけであり、自己の主張の根拠ないし補助にしているということはできない。

6  したがって、本件各文書は、民事訴訟法三一二条一号の「当事者が訴訟に於て引用したる文書」には該当しない。

三  本件各文書の民事訴訟法三一二条三号前段該当性

1  原告らは、本件各文書が民事訴訟法三一二条三号の文書に該当すると主張するので、まず、同号前段の文書に該当するか否かについて検討する。

2  同号前段にいう「挙証者の利益のために作成された文書」とは、挙証者の利益になるように、その地位、権限、権利を証明し、又は基礎づける目的で作成された文書及びそれに準ずる文書をいうものと解すべきである。

3  そこで、本件各文書の性質、作成目的を検討するに、本件記録によれば、本件各文書は、いずれも本件の被疑事件について、被告兵庫県(西宮警察署)が捜査の過程で原告ら各自の居宅、着衣及び所持品等に対する捜索。差押を行う必要があると判断し、刑事訴訟法二一八条、二一九条及び同規則一五五条、一五六条に基づいて、裁判官に捜索差押許可状の発布を請求した際の請求書及び疎明資料であり、その作成目的は、請求書については、請求が同法二一八条、二一九条及び同規則一五五条、一五六条所定の要件を充足する適法なものであること、捜査報告書については、同規則一五六条三項で要求される「差し押さえるべき物の存在を認めるに足りる状況があること」を疎明することにあると認められる。

4  したがって、本件各文書の性質・作成目的に照らし、本件各文書が原告らの利益になるように、その地位、権限、権利を証明し、又は基礎づける目的で作成されたものということはできない。

四  本件各文書の民事訴訟法三一二条三号後段該当性

1  次に、本件各文書が民事訴訟法三一二条三号後段に該当するか否かについて検討する。

2  同号後段にいう「挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された文書」とは、挙証者と文書の所持者との間に存する実体的法律関係それ自体ないしは関連のある事項を記載した文書、又は挙証者と所持者の間の法律関係の構成要件事実が記載されている文書をいうと解すべきである。

3  そこで、挙証者である原告らと本件各文書の所持者である被告兵庫県(西宮警察署)との関係について検討するに、裁判官の発する捜索差押許可状により、両者の間には、刑事訴訟法二一八条に基づき、被告兵庫県(西宮警察署)が、原告らの住居の平穏・プライバシー等の権利・自由を制約することができるという法律関係が発生するが、その許可状を裁判官に請求するために本件各文書が作成されたという関係が存する。

したがって、本件各文書は、被告兵庫県(西宮警察署)と原告らの間に存する実体的法律関係に関連のある事項を記載した文書ということができるから、同号後段に該当すると認められる。

4  この点に関して、被告兵庫県は、文書が専ら文書所持者の自己使用の目的で作成されたものであるときは、たとえその文書に挙証者と所持者との間の一定の法律関係に関する事項が付随的に記載されていたとしても同号後段の文書には当たらないとした上で、本件各文書は被告兵庫県(西宮警察署)が専ら犯罪捜査という自己使用の目的で作成したものであるから、同号後段の文書には当たらないと主張する。

しかし、右3で検討したように、本件各文書は、裁判官に対し捜索差押令状の発布を求める請求書及びその要件があることを疎明する資料であって、当初から裁判官の判断の用に供するために作成されたものであり、専ら警察の内部において自己使用の目的で作成されたものということはできないから、被告兵庫県の主張は採用できない。

五  刑事訴訟法四七条該当性

1  被告兵庫県は、仮に本件各文書が民事訴訟法三一二条三号後段に該当するとしても、本件各文書は刑事訴訟法四七条の「訴訟に関する書類」に該当するから文書提出義務を負わないと主張する。

2  確かに、刑事訴訟法四七条の「訴訟に関する書類」とは、被疑事件又は被告事件に関して作成された書類をいい、裁判所又は裁判官の保管している書類に限らず、検察官、司法警察員、弁護人その他第三者の保管しているものをも含むと解すべきであるから、本件各文書も「訴訟に関する書類」に含まれ、本件各文書の所持者である被告兵庫県(西宮警察署)は、同条但書に該当する場合を除き、守秘義務を負っていると解せられる。

そして、民事訴訟法三一二条の文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であって、基本的には証人義務、証言義務と同一の性格のものであるから、文書所持者にも同法二七二条、二八一条一項一号の規定が類推適用され、文書所持者に法定の守秘義務のあるときは、その限度で文書提出義務を負わないと解すべきである。

3  したがって、被告兵庫県(西宮警察署)は、刑事訴訟法四七条但書に該当する場合を除いて、本件各文書の提出義務を負わないというべきである。

4  そこで、本件各文書が同法四七条但書に該当するか否かについて検討する。

刑事訴訟法四七条の趣旨は、訴訟に関する書類が公判開廷前に公開されることによって、訴訟関係人の名誉を毀損し公序良俗を害し又は裁判に対する不当な影響を引き起こすことを防止する点にあると解すべきであるが、文書の保管者でなければ当該書類の公開により訴訟関係人の名誉が害されるか否か、刑事裁判に対する不当な影響を引き起こすおそれがあるか否かを的確に判断し難いことからすれば、同条但書に該当するか否かの判断は文書の保管者に委ねられていると解するのが妥当である。

5  そして、本件記録によれば、本件各文書の保管者である被告兵庫県(西宮警察署)は、捜索差押許可状が発せられた被疑事件はいまだ犯人の特定にも至っておらず捜査継続中であり、捜査終了前の段階における捜査書類を公開することは捜査の密行性、公益の侵害等から相当でなく、本件は同条但書に該当しない場合であると判断していることが認められる。

6  したがって、本件は同条但書に該当せず、被告兵庫県(西宮警察署)は本件各文書の文書提出義務を負わないと解すべきである。

六  結論

以上のとおりであって、原告らの本件申立ては理由がないから却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 辻忠雄 裁判官 吉野孝義 伊東浩子)

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